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議論はいろいろあるでしょうが、日本人の深層心理として、お伊勢さまの事を忘れる事はできません。日本の文化について語るとき、よく言われるのは、幽玄、森厳、そうして淡白等々。西欧人から見ればまさしくそうかもしれない。具体的には茶室、禅の庭、能楽、そうして神社の杜。伊勢神宮は森の中に白木造りの社殿が鎮座しています。20年ごとの式年遷宮のため、木材は古びますが、遷宮直後には新しい白木(素木)木材と金色に輝く金具の組み合わせが独特の建築造形美を現わしています。神宮では祭神が具体的に表現されることはありません。最高神の天照大神の神像はあり得ないのです。ご神体はいわゆる三種の神器であるべきで、鏡、剣、勾玉即ちヤタノカガミ、アメノムラクモノツルギ(クサナギノツルギ)、ヤサカニノマガタマになる筈ですが、そのうちのひとつ草薙の剣は熱田神宮のご神体で名古屋市にあり、また勾玉は天皇の依代(よりしろ)として皇居内に蔵せられていることになっています。なお、信念的には三種の神器は天皇の地位の象徴であり、絶対的価値を与えられるべき存在ですが、立憲国家としては意味を持ちえません。憲法にはなんの規定も無いのです。さらに宮中で護持されている神器は、門外不出どころか何人も、たとえ天皇ご自身でさえも見ることができない建前です。 こうした神聖不可侵であるにも拘わらず、神器は何べんも危機に見舞われました。歴史的な根拠もあって、源平合戦の際、平家滅亡となる壇ノ浦合戦において、神器は安徳天皇とともに海に沈みます。少なくとも剣と勾玉を抱いて幼い天皇は女官たちと入水します。その後神器が浮かび上がり御所に捧持されたと伝えますが、これは信じがたくレプリカが作られたと考えるべきでしょう。また、南北朝期に、いあゆる後南朝の遺臣が北朝の御所に押し入り神器を持ち去ったとの記録もあります。ともに神器の消滅説、複製説等々の根拠になる史実でしょう。わたくしは事の真偽を云々するだけの確信はありません。ただ、こうした風評があまねく伝えられ信じられてきたことを重視したいのです。もしかしたら、宮中にも神宮にも権威の根拠となる神宝は(あえて神器とは申しません)存在しないのではないか、それでも、日本人は神威を感じ、神道的な信仰を貫いてきたのではないか。わたくしはそう考えたいのです。宮中奥深く、あるいは神宮正殿の奥深く、神様の権威のあるべき処、つまり神の禦座、そこには何も無い、カラッポなのです。しかし何も無いのではない、そこに神様がいらっしゃる、これが日本的な理念なのではないでしょうか。 神様は目に見える存在ではありません。具体的な可視物として、これが神だと礼拝することは偶像崇拝であって宗教的大罪です。キリスト教の寺院は、神の棲家であるとよく言いますが、これは抽象的な言い回しで、別に神様一家が暮らしているとは誰も思いません。寺院、教会は信徒の礼拝所なのです。仏教寺院では、これもやはり礼拝の場ですが、そこに安置されている仏像を拝みます。しかし、仏像が仏様そのものではありません。仏像の中に仏様の魂が宿っていると考えているのです。わたくしは文化財保存修復が本業ですから、仏像の修理や計測に何回も立会いました。作業の直前、僧侶によって仏様の魂を抜く行法が行われます。それ以後この魂は何処かへ行ってしまうのです。 多分天とか空とかへ。作業終了後、再び魂が呼び返されるのです。 神宮ではこれとも違います。他の神社では神像が安置されているこtもありませが、神宮ではこれもありません。さらに各地の神像は神道もともとの対象ではなく、佛教の影響から造像されたのだと思われます。 結論を申し上げます。神道における神様は、キリスト教における唯一神ではなく、また佛教における仏でもない。さらに、ユダヤ教、イスラム教の神とも違う。文化について語るとき、神の表現は有形文化財としてはあり得ない。しかし何も無いのではない。日本人の深層心理として、「神」は厳然として存在している。 何事のおわしますかは知らねども 忝さに涙こぼるる 西行法師 本源は心の問題である。わたくしはそう考えています。 |
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